映画「92歳のパリジェンヌ」


 5年ほど前、バレンシアのカフェでのことだった。「自分の死を決めて、その通りにした人がいるわ」とアナが言った。朝の渇いた陽光を浴びながらさらりと言ったので、驚いた。


 アナは香港で生まれ育ち、パリの大学に留学して、そのまま結婚してボルドーで英語教師をしていると言った。数ヶ月後にリタイアするので、その先をどうするか考えているとのことで、「よかったらタイにおいでよ」と言ったら、本当にやってきた。一人暮らしだったので家の中のものは倉庫に預けて、家はレンタルに出したんだそう。わたしが勤めていた学校の宿舎にひと月ほどいて、そのあと一緒にネパールのトレッキングに行った。


 タイに来るまで、山に入れあげていて、幾人もの山仲間を亡くした。
人生の途中でプツンと切れた生命の糸にやり切れなさを感じて切なかったけれど、反対に羨ましくもあった。家族の悲しみにもうしわけないけど、ああ、元気なまま一生を終われていいな、という思いがあったのだ。


 だから、アナが「自分の死を自分で決めた人がいる」と言ったとき、「そうできたら、画期的かも?」と答えた。
この映画は実話だそうだ。もしかして、アナが話していた人かもしれないと思いながら、映画の予告を見た。



映画「92歳のパリジェンヌ」https://youtu.be/pB-CSpa7JlM