その他もろもろ.....


 
 その他ももろもろ、あやしい事件。


その1: 
 バッチメート二人が年末の休暇にナイトクラブで知り合ったフィリピン人の女の子を寮に連れ込んで、翌朝退学。
台湾人のポッター君は午後には帰国することになり、日本人の男の子はお情けで1日まで寮にいてもいいことに。
手早い対応というか、なんというか。たまたま日本人スタッフがいなかったので韓国人スタッフが決めたらしい。もちろん、授業料は返してくれない。
 ーー「なんとバカなことをしたんじゃい」と言いながら、お別れパーティをした。彼はたいしてめげてなくて、せっかく勉強に来たんだし、と他の学校に移った。




その2:

 帰国の際、マニラ空港で友人としゃべっていたら、話に割り込んで来たおじさん。
「帰国するんだけど日航のカウンターは?」と聞いて来た。来るときはグループだったけれど帰りが一人になったと不安そうだ。
 ところが、このおじさん自慢話を始めた。フィリピンの南の島に観光旅行で来たのかと思ったら、どうもそうではないらしい。 
「危険な仕事をしていて、たまに息抜きをしないとね」というので、「そうですね、いいことですね」と聞き流していたら、「うちの家内が反対でね」と言うのだ。
「それなら、奥さんも一緒にいらしたらいいでしょう? 南の島なんて喜ばれますよ〜!」とお勧めしたら、「これ、だから...」と小指を立てるのだ。
「えっ? 恋人がいるんですか?」と聞くと「買うんですよ」と言う。それも毎晩取り替えるとか。



 なに言ってんだか、このおじさん。タイやフィリピンへの買春ツアーが社会問題になったのはバブルが弾ける前だった。いまでも、そんなツアーがあるなんて知らなかった。「奥さんは反対なんだけれどね、出してくれる」とう言う。よくもまあ、いけしゃあ しゃあとのたまうもんだ。わたしが奥さんなら「帰らなくていいよ〜、ずっとフィリピンにいて頂戴!」 と言うかもね。



 フィリピンでは日本に出稼ぎにいくことを「ジャパ行きさん」と言うそうだ。山崎朋子の「サンダカン八番娼館」は天草の貧しい娘がボルネオに売られる話で「唐行きさん」と呼ばれた。時代がかわっても性の売買はなくならないのかと複雑な心 境だった。