「リンさんの小さな子」フィリップ・クローデル

 表紙の絵の小さな赤と著者のプロフィール「トライアスロン、登山、釣りを好む」が気に入り手に取った本で、そのまま読み続けてしまった。

 異国の港町に、赤ん坊を抱え難民として辿り着いた老人が、妻を亡くしたばかりの男と言語を越えた友情を育む物語。
 戦争で家族を失い、無口で不器用なリンさんがどうやって生後間もない赤ん坊を育てているのだろう、と気になった。米を咬んでは赤ん坊の口に入れてあげている、とは言ってもよくぞ生き延びているとはらはらしてしまう。
 リンさんは大事な赤ん坊を人に攫われないように注意を怠らない。そんなリンさんは公園で会った太った男と友達になる。男は「ボンジュール」と言った。その言葉だけで二人は意思を通じ合わせようとする。読んでいる私も、そこでこの町がフランス語圏だとわかった。
 リンさんのひたむきさと妻を亡くした男のやさしさが削ぎ落とされた文章で綴られてゆき、最後の思いがけない短いセンテンスに胸が締め付けられる。この一文で、読者はこの物語が入れ子になっていることに気づく。
 言葉を教える仕事をしていると、どうやってコミュニケーションを取るか、どうしたら相手に伝わるか、といつも考える。しかし、お互いに意思さえあれば言葉を媒体としなくても気持ちは伝わるものだ、そう思う。



Philippe Claudel
 1962年フランスのロレーヌ地方に生まれる。作家・脚本家。小説『忘却のムーズ川』(1999)でデビュー、その後も『私は捨てる』(2000年度フランス・テレビジョン賞)『鍵束の音』(2002)など着実に作品を発表してきた。2003年に『灰色の魂』によって三つの賞を受賞、いまや大いに注目を浴びている。ナンシー大学で文学と文化人類学を教えながら、故郷の小さな町で執筆を続ける。トライアスロン、登山、釣りを好む。



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