ルームシェア

 朝から、インが青い顔をして「もう、中国に帰る!」と息巻いている。「誰もわかってくれない。わたしは病気になってしまう」と今にも泣き出しそう。
ルームシェアをしているフィリピンの教師が遅くまで音楽を聞いていて眠れないと言う。何度も、他の部屋を用意してほしいとチュンポーン先生や新任の副校長に言っても、考えるからと一週間伸ばしにされている。
「待ってて、私が校長に話して来るから」となだめて、まずは脇から攻めようと、一番信頼のおけそうな副校長に会い、インの状況を話した。彼はすぐ校長室に出向いて行った。
オフィスに戻り数分もしないうちに、校長先生がやって来た。えっ、なんという対応の素早さ? 信頼できる副校長を同伴し、トップの英語教師もやって来て、インの話を聞いてくれた。三日待って、とのことだった。少しは状況が好転し、ほっとした。
 インの問題は人ごとではない。私の部屋に来ることになっていたもう一人のフィリピン人教師は、部屋が狭いからと近くの親戚の家から通うことになって、わたしはルームシェアを免れた。狭いアパートを国の違う二人が共有するのはストレスがかかる。文化の違いなどもあってスムーズにはいかないことが多々ある。
 フィリピン人教師はインとの初対面で、昨年フィリピン人が中国人の観光バスを襲撃したことを話題にした。インは「沢山の人が死んだのに、彼女は笑って話すのよ!」と怒っていた。国と国との間に問題があっても、私たちは個人で外国にいるのだから、平和な話題にすべきだと言った。私もそう思う。



 昨年、この事件が起こる少し前にフィリピンの英語教師のレイと仕事をしていた。彼は、彼のガールフレンドが香港にメイドの仕事が見つかったと喜んでチケット代を送金した。しかし、そのすぐあとに例の襲撃事件が起こり、香港ではフィリピン人の入国を拒否し、ガールフレンドは仕事に就くことが出来なかった。
 インとわたしはレイの彼女に同情した。フィリピンでは仕事に就くのが難しいし、レイも国では仕事がないからタイで英語教師しているのだ。
 レイは、グーグルで自分の住んでいるところを見せてくれた。「田んぼしか、ないじゃん!」とわたしが言った。しかし、その田んぼも毎年台風でダメージを受けるそうだ。でも、彼らは強い。また作ればいいのさ、と笑う。