遠くの友へ

未来ちゃんという若い友人がいた。
2004年春、わたしのエベレスト登山中に、彼女は30歳の若さで亡くなった。
エベレストに行くとき、わたしはずいぶん迷っていた。行くべきか否か。わたしは闘病中の彼女に相談した。
「すごいお金なんだよね。これをもっと有意義なことに、たとえば貧しい国の人たちのために使うとか、でなければ学費に充てるとかできるよね」とつぶやいた。
「いまさら、いい人になってどうすんの?」と彼女は言った。その一言で行く事に決めた。強烈なパンチを受けて目が覚めた。彼女に見透かされていたのだ。そう、わたしは登りたいのだ。それなのに、ぶつぶつ言いながら誰かの後押しを待っていたのだ。
エベレストのABCキャンプ(6300m)で彼女の夢を見た。
わたしたちは初夏の大道り公園を歩いていた。体をすり抜ける風が心地よく、宙に浮いたような自由な気分だった。わたしは振り返って、「未来ちゃんが、こんなに元気になるとは思わなかったよ」と笑った。彼女の顔は蒼白で、無言だった。彼女の長い髪が風をはらんでさらさら揺れた。髪もすっかり抜け落ちていたのに豊かな髪にもどったのが嬉しかった。目覚めて、ふと思った。もしかしてお別れに来たのかも、と。
長い遠征が終わり自宅に戻ると、一通の手紙が届いていた。未来ちゃんの彼からだった。消印は4月末で「この手紙を書くのにひと月もかかってしまった」と記してあった。
心がすうーと軽くなり、エベレストで見た夢に重なった。やっぱり彼女はエベレストまで別れを告げに来てくれたのだ。登頂後、下山中にアクシデントに合い死を覚悟したとき、わたしは燃え盛る火の玉を見た。ベテランガイドがいうには、高所での気圧の変化による現象だというが、わたしを下界へと導いてくれたのは彼女だったのか、とそんな気もする。
6月、北国の初夏、爽やかな風のなか友人の死を悼む。美しくやわらかな緑が目にしみて涙がこぼれた。
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