「劉霞に」 谷川俊太郎
「劉霞に」
言葉で慰めることも
励ますこともできないから
私は君を音楽でくるんでやりたい
どこからか飛んで来た小鳥の君は
大笑いしながら怒りを囀(さえず)り
大泣きしながら世界に酔って
自分にひそむ美辞麗句を嘲(あざ)笑い
見も知らぬ私の「無題」に
君の「無題」で返信してくれた
そうさ詩には題名なんてなくていい
生きることがいつもどこでも詩の題名
一度も行ったことのないところ
これからも行くことはないところ
国でもなければ社会でもない
そんな何処かがいつまでも懐かしい
茶碗(ちゃわん)や箸や布団や下着
言い訳やら嘘(うそ)やら決まり文句
そんなものにも詩は泡立っている
君のまだ死なない場所と
私のまだ死んでいない場所は
沈黙の音楽に満ちて
同じ一つの宇宙の中にある
(ルビは本紙が記載)
<劉暁波・劉霞さん夫妻> 劉暁波さんは、1989年の天安門事件につながる民主化運動を指導した1人。2008年、共産党一党独裁の廃止や言論の自由を訴える「〇八憲章」を起草して拘束され、09年に国家政権転覆扇動罪で懲役11年の判決を受けた。10年、獄中でノーベル平和賞を受賞。17年7月、多臓器不全のため61歳で死去。妻で詩人・写真家の劉霞さんは、ノーベル賞の授賞式直前に北京の自宅で軟禁状態に。国内外の支援者らが、精神状態の悪化などを訴え解放を求めている。
東京新聞から抜粋 2018/6/7