向田邦子

「胡桃割る胡桃の中の使わぬ部屋」誰もが自分のなかに気づかない、もうひとりの自分をもっているのかも知れない。向田邦子のドラマはなにげない日常のなかに潜む恐さがあった。
 向田邦子が飛行機事故で亡くなったとき、胸がすっとからっぽになった感じがしたのを覚えている。もう、新しい本は読むことが出来ないのだと、寂しく思った。
 若いときに「銀座百選」の小冊子で彼女の文章に出会い、いいなあこの表現、なんて文才のある人なんだろうと思っていた。彼女のマネをして黒い服を身につけ、スキーを始め、子供たちが大きくなったら旅も始めようと思っていた矢先に飛行機事故で突然消えた。
 目標を見失って、肩すかしをされた感じだった。それから、なんども彼女の追悼雑誌が出版され、もっと詳しいことを知るようになったのだが、最初に出会った、やさしいけど恐い人だという印象は変わらない。以外だったのは、彼女の講演のテープを聞いて、甲高い声だったことだ。もっと低くて大人っぽい声の持ち主と想像していた。