諸国の天女

   諸国の天女      永瀬清子
諸国の天女は漁夫や猟人を夫として

いつも忘れ得ず想つてゐる、
底なき天を翔けた日を。

人の世のたつきのあはれないとなみ

やすむひまなきあした夕べに

わが忘れぬ喜びを人は知らない。

井の水を汲めばその中に
天の光がしたたつてゐる

花咲けば花の中に
かの日の天の着物がそよぐ。

雨と風とがささやくあこがれ

我が子に唄へばそらんじて
何を意味するとか思ふのだらう。

せめてぬるめる春の波間に

或る日はかづきつ嘆かへば

涙はからき潮にまじり

空ははるかに金のひかり

あゝ遠い山々を過ぎゆく雲に

わが分身の乗りゆく姿

さあれかの水蒸気みどりの方へ

いつの日か去る日もあらば

いかに嘆かんわが人々は

きづなは地にあこがれは空に

うつくしい樹木にみちた岸辺や谷間で

いつか年月のまにまに

冬過ぎ春来て諸国の天女も老いる。


ブックデザイナーさんが手書きのロゴと詩を贈ってくれた。日常の営みに明け暮れる女の心情を詩った有名な詩だ。糸の切れた凧のように浮遊しているわたしは雲の合間に消える運命かもしれない。「きずなは地にあこがれは空に」さすがの極楽トンボもしんみりと繰り返し詩を朗読してみた。