誕生日

メキシコへのフライトは早朝だった。
朝四時、寝ている二人を起こさないように静かにドアを閉めた。アパートのドアマンにタクシーを呼んであげると言われたが、地下鉄と列車で行くと断った。
彼はわたしがお金持ちだと思ったらしく、「週にいくら稼ぐんだ?」と聞いてきた。オマールがわたしを七大陸を登頂したセブンサミッターだと紹介したからだ。お金持ちに間違うのも無理はない。「そんなでもないよ」とお茶を濁し「またくるねと」別れを告げる。
地下鉄の乗り換えを間違えて同じ路線に乗ってしまった。南に下る路線は人がまばらだ。酔っ払いに絡まれ降りて外に出た。天空に黒く聳える巨大なビルの回廊は真っ暗で人通りが全くない。駅まで三ブロックある。身の危険を感じてタクシーを止めた。
「空港までいくら?」と聞いてみた。
「今日はいい日だ。今ケネディ空港から戻ったばかりだ」と言った。乗るとも言わないうちに、「人生には、こんな日もある」と嬉しそうだ。
ニューヨーク右端の空港からマンハッタンに戻ったばかりの運転手に反対側のニューアーク空港へと運ばれた。降りる時に、「ラッキーな日をありがとう!」とお礼を言われた。
「どういたしまして、今日は私の誕生日よ」と言う。
考えてみると誕生日はいつも違う国にいる。